それいけ秋








 虫ポケモンたちの太陽を惜しむ鳴き声が木霊していた。もうそろそろ季節の変わり目に弱い片割れが、寒暖差のせいで風邪をひく頃合いだろう。クダリは肌寒い空気の中を一人ゆったりを歩いていた。まっすぐ住み家へと向かう彼の傍らに、今日も今日とてノボリはいない。
 ふたりが互いに住まう家を分ける羽目になったのは、鉄道員たる彼らのサブウェイマスター昇格が決まってすぐの出来ごとの所為だった。
 まず双子の奇妙な関係について整理しなければならない。ふたりは成人してそれなりのいい年になるまで、それこそ上司から縁談を持ちかけられるようになるまで、ふたりきりで暮らしていた。双子の兄弟にしては近しすぎた距離だったのかもしれない。仕事場でも家でも顔を合わせ、幼いことからずうっと一日のほぼすべてを共有していたのだ。
 彼らが別々に居を構える発端になったのは、兄の、ノボリの告白だった。今の今まで健全な家族愛ばかりで繋がっていたと、クダリは信じてやまなかったし、ノボリには進んで申告するようなことはなかったのだけれど、それなりに上手くいっていた恋人だっていたのだ。むしろモラルだ世間体だなんだに敏感なノボリのほうが、まさか、他でもない弟にただならぬ想いを抱いていただなんて、一体だれがそんな想像をするだろうか。思い出して、クダリはめずらしく口角を引き下げて苦い顔をした。ビルのガラスに映りこんだ自分のしかめつらは尚ノボリを彷彿とさせて、クダリの気分はより沈んでいくほかなかった。ふたりきりのリビングでノボリがなんとか吐きだした告白の言葉を、クダリはどうにか忘れようとした。だって、酷い言葉で彼を遠ざけて、言い分も聞かずに彼の前を去ってしまったのだから。そんな酷い自分を思い出したくもない。ノボリの悲痛な、けれど諦めの滲んだ目を、思い出してしまうのだ。クダリはノボリを異常だと思った。それまで自分に気取られることなくそんな想いをため込んでいただなんて、尋常な精神力では成し得ないと。それほどまでに重いものが自分に手向けられたと知るや否や、クダリは両足に突然枷を嵌められたような気分になった。反射的に拒んで、文字通り逃げ出してしまった。
 きっとノボリだっていろいろ考えてのことだろうに。……きっと。
 サブウェイマスターになって、色々なことに区切りをつけなければならなくなったのだと、ノボリは言った。白黒をはっきりつけておきたいのだと。結果ノボリは、自分で吹っ掛けた賭けで黒星を喫した。気持ちの整理をしておきたいだなんて、そんなのノボリだけの都合だ。彼は楽になりたかっただけなのだ。仕事場でサブウェイマスターのコートを纏っている彼は、憑きものが落ちたように溌剌としていた。燻っているのは自分ばかりで、クダリはやりどころのないいらだちが心の奥に巣くっていくのを感じていた。
 どこか近くでコロトックの鈴の音が聞こえた。ライモンの街中にもひっそり根付いているポケモンたちの鳴き声だ。クダリは思考を振り払うよう尚足早になる。ノボリ。どうして同じ時を過ごしていたのにすれ違ってしまったのだろう。幸い、互いに公と私の別はついているようで、ふたりの不和を経てもあの日の決別を周囲に気取られないようにこなせている。それだけが救いだった。
 不意にぞわりと寒気がして、鼻の奥がむず痒くなる。くしゃみは押し殺しきれなかった。確かめる術はないけれど、片割れもきっとこうしてくしゃみのひとつでもしているはずだ。このもどかしい季節ごと、すべてが去ってくれればいい。クダリは叶わないと知りつつ、願わずにはいられなかった。








20130714