サブマスがただ致しているだけのはなし






 ちょっとやりたいことがあるんだけど、と、クダリに言われるがままにされていたノボリは、粗方の準備が済んでからようやく抗議の声を上げた。

「どういうつもりですか、これ」

 ノボリもクダリもサブウェイマスターの制服を着ている。終業後、空っぽの回送車両に、ふたりは居た。

「最近借りたAVがねえ、痴漢モノだったんだよねえ、」

 ノボリの両の手は、吊革に一纏めに拘束されていた。どこで縛り方を覚えてきたのか、ネクタイは立派な拘束具として役割を果たしていた。

「それとこれと何の関係が」

 クダリは面倒くさいなあと思うが口には出さない。途中からどうされるかわかっていたはずだ。協力的に恭しく手首を差し出したのはノボリだというのに、あくまで自分から望んでそうされたとは認めたがらない。

「あのね、そういうプレイしたいなって言ってるの」

 沈黙は了承も同じだ。クダリが言ってやらないと、ノボリに免罪符は与えられない。何も拒絶せずただおもねるノボリに、しょうがない男だと思いながら、クダリは背後からノボリを包み込んで、耳許で囁いた。



 不意に這わされる指は、好き勝手にノボリの身体の線をなぞっては離れていく。クダリは悪戯気に笑って、反らしたままの背筋を腰から上へすうっと辿る。ぞわ、と肌が粟立った。背後でクダリが吐息だけで笑うのがわかった。次第に指はノボリの上半身を物色し始める。腕が腹側へ渡り、薄く息づいた腹筋の形を布越しに触る。こんなフェチティッシュな痴漢がいるものか、とノボリは思う。けれども、クダリに限ってこれだけで終わるはずがないと確信していた。引き締まった腹を堪能し、クダリはノボリの表情を肩口から窺いつつ、手指をさっと上へ滑らせた。

「!」

 ノボリはぐっと零れかけた息を飲んだ。
 胸へ当てがわれた指先は、的確にノボリの胸の飾りを捉えている。シャツとインナーの下で薄く色づいているそこへ、悪戯な指先は熱を移すかのようにくるくると円を描く。ノボリは熱い吐息を吐き出しながら背筋を伸ばした。俯いては、どのように虐められているのか、嫌でも目に入ってしまう。

「ちゃんと見なよ、弄られてるところ」

 低い声がそれを咎めた。刺激を求めて硬くなっていくそこを、さらにぐにぐにと摘まんで転がす。多少乱暴にされようと、クダリによって育まれたそこは健気に反応を返し快感を生む。小さく息を漏らして身じぎ、恐る恐る、下を向く。クダリは空いた手でノボリのシャツとインナーを一掴みにし、布をぴんと張った。白い布の下、クダリに弄ばれたそこはつんと起ちあがって、布地を押し上げていた。

「わかる? ここ、こんなに硬くなって、シャツの上からだってバレバレ」

 身体の変化を見せつけられ、ノボリは顔を赤くする。つんと主張するそこを、クダリの爪先が無慈悲に捉えた。

「っあっ……!」

 先端をくすぐるように爪と指の先でかりかりと刺激する。ノボリは堪らず腰を引いた。先日の夜も、同じようにクダリに愛されたばかりのそこ。小さな器官がじんじんと疼いているのが嫌でもわかった。

「声。いいの?」

 クダリの声は耳許でひっそりと笑っていた。はっとして唇を噛む。

「想像してみて。ノボリは満員電車の中。吊革しっかり掴んでないと押し流されちゃうから、両手は使えない。そんな中で、こんなふうに乳首弄られて、声なんか上げちゃう。周りのひとが変な目で君を見るの。でも、手は止まない。こんな風に」

 シャツを掴んでいた手が離れて、まだ暴かれていないほうの尖りへと伸ばされる。刺激を待ち望んで既に緩く芯を持っていたそこは、やすやすとクダリの指に咎められた。摘み上げては弾かれ、ぎゅっと潰されたかと思えば、くりくりと転がされる。鈍痛のような快楽が与えられただけ蓄積していく。ノボリは声を噛み殺すのが精一杯だった。吊革がきい、と鳴った。逃げ腰になったところを、クダリの体で阻まれる。

「逃げちゃダメ。ねえ、イイならイイって言っちゃいなよ」

 クダリは声を弾ませてノボリを煽った。そんなことを被害者に向かって言う痴漢は、紙面の中か画面の中にしか存在しないだろうに。ノボリは意識を逸らす。その間にも胸の飾りは苛まれたままで、両の腕を拘束するネクタイが心底憎らしかった。

「強情なんだからさあ、ノボリは」

 諦めたようにクダリは両手を離す。布越しではあるがしつこく弄られた名残で、両の尖りの疼きは消えない。標的から離れた両手は、まだ飽き足らず、という風に、再びノボリの太腿を捉えた。

「もういいでしょう、クダリ、手を解いてください」
「んー、まだもうちょっと。だってお尻触ってないし」
「は!?」

 太腿をまるで扱くように往復していた硬い手のひらは、不意にノボリの薄い尻を鷲掴んだ。そのまま無理矢理ぐにぐにと揉まれ、ノボリは不快感を募らせる。

「ほら、もうちょっと足開いて」

 指はノボリの脚の隙間を往復する。内股の、付け根に近い部分をなぞられると、寒気に似た感覚がぞわりと背筋を這う。滅多なことでは触れられないそこは刺激に弱い。ノボリは沈黙を貫いて、両足に力を込めた。クダリの機嫌を損なう、ということは頭から抜け落ちていた。

「…………」
「ねえ」

 クダリの声は地の底を這うようだった。

「……はぁん!」

 腰の横から再び前に回ってきた手が、スラックスごとノボリのものを乱暴に掴んだ。不意の刺激に間の抜けた声が上がる。

「ねえ」

 ノボリは思わず溢れてしまった素っ頓狂な声に恥じ入り、肢を肩幅ほどに開いた。散々乳首で悶えておいて、今更何を恥ずかしがるのだろう。

「はじめっから素直にしておけばよかったのにね」

 ノボリの意思で開かれた両足の間へ、クダリは躊躇なく脚を差し入れる。これでもう閉じられない。ノボリがそれに気がつくよりも前に、クダリはノボリの内腿を執拗に撫でさすった。脚の付け根へと至るにつれて、スラックスの薄い布の下でノボリが反応を返すのが面白くてたまらない。焦らすような手つきに、ノボリは無意識に腰を揺らした。

「ね、揺れてる。欲しがりだね、ノボリ」

 ココが欲しいんだよね、と、クダリは尻たぶを掻き分け、奥に息づく孔の入り口をぐにぐにと絆す。布を隔てた指の先で、入口がひくりと期待に震える。スラックスも下着も未だ身につけたままだというのに、早急な手つきにノボリは焦った。

「少しは、我慢できないのですか」
「……それはノボリのほうでしょう?」

 まだ会話の主導権を握ろうという気があるのか、と、クダリは内心で笑う。クダリの、羞恥を煽る言葉に逐一反応を返すノボリのほうこそ、あさましい期待を隠し切れていないというのに。
 クダリは楽しげに笑い、スラックスと下着をまとめてずり下げる。しなやかな太腿が、蛍光灯の下に惜しげもなく晒された。

「やめっ……」

 掌で包むように前面を撫で上げると、クダリにだけ聞こえる小さな抗議の声が上がった。皮膚の下に息づいた筋肉の流れを辿って、指先は付け根へと至る。そこから、緩く勃ちあがって刺激を待ち望むそこを、見せつけるように一撫でする。掌で熱く脈打つ感触に、クダリの唇は更に深く弧を描いた。

「勃ってる。こんなところで縛られて、興奮してるの?恥ずかしいね」

 耳許に吹き込まれる言葉に、ノボリは羞恥のあまり顔を背ける。それがクダリをいっそう煽り立てるとも知らずに。

「照れちゃってかわいい。顔赤いよ」

 クダリの声は弾んでいた。視線から逃れるべく俯いたノボリへ見せつけるように、クダリは緩く勃ちあがるノボリを両手で包み込んだ。

「んっ」

 期待していた直接の刺激に、零れかけた声が鼻に抜ける。腰の揺れは拒絶のそれではない。握り込んだまま何もしないクダリに焦れて、ノボリは恨みがましくクダリを見つめる。

「期待してるんでしょ。ノボリは電車の中でえっちなことされたい、変態さんだもんね」
「ちがいます! ……っん、ん」

 頑なな口は挑発に対しては簡単に開かれる。そのタイミングを狙って、少し乱暴に扱いた。あわせて先のほうをしつこく弄ると、途端に手が先走りで潤む。ノボリの微かな喘ぎが聞こえて、先端を虐める指が踊った。応じるように、ノボリの吊革に拘束された手首から布地が軋む音がした。

「んんっ、ふ、ぅ」

 ノボリは声を必死に殺していた。クダリに知り尽くされた体は、与えられるがままに快感を受容していく。吐息で逃しきれなかった声が上がると、ノボリを苛む指は一層得意になってぬめった自身を虐めた。扱かれながら先を弄られ、時折思い出したように睾丸を指先で転がす。

「一回出しちゃおっか」

 クダリが左耳に囁いた。その宣告と共に、一息に睾丸を、竿を、亀頭を、先端を、知った手管で甘く責め立てられる。クダリの手の中のものに熱が集まっていくのが嫌でも感じさせられた。
 限界はすぐにやってきた。

「やっ、あっ、ん………!」

 どくん、と脈打った先からクダリの手の中へ精液を吐き出した。
 クダリが腰を支えてくれなければ、耐えきれなかった。まだ膝は床についていない。

「一回イったくらいで腰抜けちゃったの?」

 溜まっていたのだろう。濃い粘液を太腿へ撫で広げながら、クダリがからかい気味に顔を覗き込んでくる。ノボリの頭は覚めはじめていた。けれど、まだ暴かれていない体の、ずっと奥のほうが熱を欲している。自分の手は吊革に括られたままだ。ならば。

「貴方のせい、です」

 ふうん、とクダリは続きを促した。なんでもない振りを装って、その目は捕食せんばかりにノボリを熱っぽく見つめていた。
 ノボリは頭をクダリに預け、甘えるように頬をすり寄せた。

「責任……とってくださいまし」



 手の拘束はそのままに、スラックスを抜き去る。コートがノボリの秘所を隠すようにクダリの手を阻んだけれど、前の合わせから手を入れ脇へ纏めてしまえば何の問題もなかった。
 ノボリの中は、彼の吐き出した精液を絡めた指によってゆっくりと拓かれた。クダリは奥まで一息に暴きたい衝動を抑えて、少しずつ指で中を探っていく。時折中が悦んで指を締め付ける。
 指を少し押し込めた先にあるしこりを押しつぶし、指を小刻みに震わせた。

「っ…………!」

 中がきゅう、と指に縋る。ノボリの代わりに吊革が悲鳴を上げた。身体の強張りと、太腿の震えが触れ合った箇所から伝わる。

「偉いね、好きなところなのに、ちゃんと声我慢できたね?」

 まだノボリの理性は剥がしきれない。体はこんなに素直で可愛くなったのに、意地っ張りだなあとクダリは思う。 相変わらず顔は俯いたままだけれど、一文字に結ばれた唇は必死に快楽に耐え、目は悩ましく細められているというのに。

「でもね、そろそろ声聞きたいな。お願い」

 後ろから抱きかかえるこの体勢では、直に唇を合わせることは叶わない。かわりに、赤く上気した頬へ、優しく唇を触れさせた。
 ノボリの伏せられた睫毛が震え、これからの期待に上ずった息を吐いた。
 指を一旦引き抜く。ぬかるんだ音が上がった。こちらの口はこんなにも素直に声をあげる。もう一本の指を添えて、再び潤んだ中に押し入った。指先を迎え入れる粘膜は、熱く柔らかい。

「あっ……」

 入り口を広げられる感覚に、ノボリは敢えなく喉元を晒した。クダリから許された途端に
 クダリは頬が緩むのを止められない。この声は自分だけのものだ。
 指は、ばらばらに内壁を余すところなく押し上げながら、ゆっくりと奥を目指す。不意に指を引くと、曲げた指先に粘膜の凹凸が引っかかる。クダリに翻弄され、ノボリは刺激に高い声を上げて応えた。合わせて、吊革から耳障りな音が上がる。

「ひぅ、も、やだ、……あっ、やめ、大丈夫、だから、」

「何が大丈夫なの?やめていいの?嫌なの?」

 クダリは矢継ぎ早に聞きながら、両の指の腹で、とんとん、とノボリの弱い所を叩く。それから一帯をぐるりと押し撫ぜる。ノボリの好きなやり方だ。熱で潤んだ中がきゅんと疼いて、一層温度を上げた。最後に、しこりに爪先を押し付けたまま、指を引き抜く。ノボリは手首を縫い止められ自由の効かない身体を捩り、尾を引く甘い声を上げた。

「あ、あっ、や、ちが、やめないでくださ、ん、や、はあぁ……」
「抜かれるの、好きだね?」
「ん、すき、です、ふあ……」

 くちゅ、と湿った音がして、指が完全に抜ける。

「僕も、素直でかわいいノボリは、好き」

 再び入り口にひたりと指の腹を沿わせれば、期待した門がひくひくと蠢いて侵入を待った。けれど、頬を赤くしたノボリがほんとうに求めているのは、指なんかよりもずっと熱くて凶暴な質量のものだ。クダリはわかっていて、黙っている。

「クダリ……、あの、」

 自由に中を愛撫していた手に、ノボリは期待に震える尻を、ぐい、と押し付けた。

「口で言って」
「…………あの、」

 クダリは早急にベルトを外す。手早くスラックスと下着を下ろすと、ノボリの痴態にあてられたものが既に芯を持っていた。

「うん?」
「貴方の、が、欲しいです」

 言葉を惜しむノボリを追い詰めながら、クダリは自身を扱く。すぐに大きくなったそれは、先程まで暴いていた中に入りたがって脈打った。

「どこに、何が欲しいの」
「クダリ……!」
「言ってよ。あげないよ」

 いらないの?とクダリは勃ちあがったものをノボリの尻へ沿わせた。あまりの熱さにびくりとする。これが生み出す快感をノボリは知っている。あの甘い戦慄きを思い出して、悩ましい吐息が唇から漏れる。

「ノボリ」

 ぐい、とクダリが押し付けたのが決定打だった。

「…………貴方の、これ、を、わたくしの、おしりのあなに、くださいまし……」

 ノボリは、ひくついている尻をクダリへ差し出し、腰を揺らす。ノボリは中を存分に掻き乱される悦びを知り尽くしていた。教え込んだのは他でもないクダリだ。悦楽の餌を目の前にぶら下げられながらも、まだ恥じらいを拭いきれないノボリを、クダリは愛おしく思う。そろそろクダリも我慢の限界であった。

「うん、変態なノボリに、欲しいもの、ちゃんとあげるね?」

 突き出した尻を慈しむように撫で上げる。鳥肌の立った肌はクダリの手に触れられるたびに震えて、呼応するようにノボリの口から甘えた細い声が上がった。

「あのね。いくよ」

 クダリは片手でノボリの腰を掴んで、入り口へ脈打つ切っ先を添える。

「ぁあっ、はぁっ……ん、ふぁっ」

 ノボリはようやく得られた熱を全身で受け止めた。踏ん張りの効かない足腰に追い打ちをかけるように、クダリは殊更じっくりと中へ分け入っていく。快楽がじんわりとノボリを満たす。入っていくたびに凹凸がノボリの中を摩擦していく。小さく声を上げながら、ノボリは熱く脈打つ侵入者をぎゅうぎゅうと締め付ける。腰を掴む指先に力が篭った。

「んっ、気持ちいよ、あっ、すっごく」

 クダリぃ、と、溶けきった声が上がる。

「わたくしも、イイです……」
「うん……僕も。ん。ね、動くね」

 ずっ、と馴染んでいたものを抜き去る。張り出した亀頭が、去り際にしこりを押しつぶしていった。

「はあぁぁっ……!」

 甘い衝撃にノボリの脚が震え、後を引く悲鳴が上がる。輪を吊るベルトの悲鳴が重なった。潤みきった粘膜がクダリのものへ縋り、快感を求めて中で暴れる熱を引き絞る。クダリの口から鋭い息が漏れた。クダリに触れるすべてのところで、ノボリはクダリを欲した。中は一層深く潤んで空洞を満たす質量を求めた。もう力の入らない体を懸命に震わせる。クダリとて理性の箍が外れたノボリを放っておく筈はなかった。歓喜に震える腰を両の手でがっしりと掴んで、絶え間なく抽挿を続ける。荒い息が、水音の合間に響いていた。ノボリは喉の奥から細く甘えた声が溢れるのを止められない。自由の利かない両の手。ふらつく体。クダリの熱。全てがノボリを煽った。

「やっ! ぁあ! それ、いい……っ」
「ん、気持ちい? ぼくもねっ、気持ちい」
「んぁ、あぅ、ひ」

 聞きながら、猛る熱で弱点をしつこく捏ねる。浅く差し入れたまま腰を揺さぶり、前立腺を苛め抜く。そうして思い出したかのように熱は奥深くまで這入ってくる。ノボリが好いように中を蹂躙する。
 口の中が、乾く。

「クダリぃ……」

 潤いを求めてノボリは振り返った。
 悩ましく寄せられた眉根に、緩く垂れるまなじり、そして赤く火照った頬。欲しくてたまらないときの、蕩けきった顔だった。ノボリが堕ちてきていることを確認し、クダリは喉を鳴らす。

「うん?」 

 クダリの顔がノボリの肩口に寄せられる。どれだけノボリが懸命に振り返ろうとも、求めるものにはあと少し届かない。クダリは楽しげに腰を打ち付けながら、放っておかれたノボリのものに突然触れた。

「ひあ」
「ねえ、言わないと、わかんないよ?」

 そのまま両の手で包み込み、強めに扱く。挿入されたままずっと触れられていなかったというのに、そこは硬く勃ち上がっていた。

「クダリ、あ、ん、そっちじゃなくて」
「ん? どっち? こっち?」
「はう、ぅ、ん、……」

 ノボリはまだ言い渋る。しぶといなあと思いながら、ノボリの粘液に濡れた指を、今度はシャツの中へ忍ばせる。手探りで至った、緩く主張して張り出すそこを、指の腹で摘まんでくりくりと捏ねた。クダリの指に馴染んだ敏感な体はそれだけで快感を溜め込んで身を捩るしかない。

「やぁ、くりくり、しないでください……ぁあっ!」

 その拍子に後孔の性感帯を自ら抉ってしまい、電流のように走った刺激にノボリはただ悩ましげに声を上げるばかりだった。
 ノボリは限界に近かった。興奮した体はクダリを求めて止まない。無意識にクダリのものへ纏わりつく内壁は、刺激を与えられるたびに悦んで熱を引き絞った。クダリの極致も近い。ノボリよりも先に達するのはクダリの意地が許さない。

「う……っ、ねえってば」

 一押し、クダリ以外に触れられることのない最奥を、熱の先端が押し潰す。

「――――っ!」

 悲鳴は声にならなかった。腰の奥から湧き上がる快感に、視界が潤む。クダリを食んでいるそこが痙攣するのがわかった。きゅう、と粘膜が貪欲に肉棒へ縋る。
 中が、クダリによって満たされている。勃起しきったノボリのものは、歓喜に涎を垂らしていた。胸の飾りは痛いほど尖り、再びの刺激を待ち望んでいる。物足りないのは、喉が渇いているせいだ。

「キ、ス、してください……今日、まだ、してない……んぅ」

 ノボリが言い切るのを待って、クダリは顔をぐっと寄せた。体もいっそう密着して、中を抉る結合も深くなる。ノボリの無防備に晒された唇は、クダリを求めて震えていた。赤く色づいたそこを一息に奪いつくしてしまいたい衝動に駆られるけれど、まずは、触れるだけのキスに留めた。ノボリの身体がクダリへ擦り寄る。先を強請る合図だった。
 求められれば、クダリは容赦なくノボリの口の中を這いまわった。歯列を執拗になぞられては、たまらない。たっぷりと唾液を絡めた舌で、ノボリの舌を絡め取ると、粘膜同士を擦り合わせるように扱きあう。甘えた声が鼻から抜けた。クダリを求めて縋れば縋るほど、後孔は深く屹立を呑み込む。キスに合わせて中を嬲られては、ノボリも耐えきれなかった。

「ふ、う、んんんっ――!」
「ん、ん、っ、ふ」

 嬌声はクダリに奪われた。晒された太腿へ白い粘液がかかったことで、ノボリは自分が達したのだと認識した。クダリも鼻息を荒くしながら、中でぶるりと震えたかと思うと、びゅるりと精液を吐き出した。新たに与えられた熱で、達したばかりのノボリの身体はもう一度震える。
 前に触れられず後孔で達するのは、たまらない。自分の身体がクダリによっていいように作り変えられてしまったような、クダリの所有物になってしまったような、倒錯的な感覚に耽る。自分がクダリのものであると、否が応にも、突きつけられるのだ。

「は、ぁ、ぁっ」

 唇が離れ、ノボリに密着していた熱が剥がされていく。最後に、ノボリと繋がっていた熱が、質量を失って引き抜かれた。小さく声が上がる。

「ん……、腕、解くよ」
「はい……、」

 汗で蒸れた手首が空気に晒される。手を解かれると、ノボリはそのまま座席へ体を預けた。コートを下敷きにして座席を汚さないよう配慮しているあたりは抜かりない。
 ひどく暴れたせいか、手首から先には圧迫された跡が幾筋も残っていた。うわあ、と内心クダリは身構える。こんなに痕を残すまでやるなんて、とお小言が飛んでくるだろうと思ったのだが、ノボリは手首をじっと見つめたまま黙っていた。



 クダリに促されるまでもなく、シャワー室へ駆け込む。散々嬲られて達せられたばかりの身体には少々重労働であったけれど、中に放たれたぶんと、太腿に粗相をしてしまったぶんの精液をそのままにはできない。火照りを上書きするように熱い湯を浴びた。
 目に入る限りでは、情交の痕跡は、手の痣を除いて見当たらない。他人に見咎められないように痕を残さない癖はクダリの自発的な行動であった。普通にベッドで交わるだけでは、ノボリの身体は表面上何の痕跡も残らない。
 けれど、今回は。きつく固定されて自重を支えていた両の手首。そこは布地に擦れて、今もじんじんと熱と鈍痛を放っていた。それはノボリの体にだるく残っている、性の名残に似ている。
 ノボリは愛おしげに、クダリによって齎された痕跡へ頬を寄せ、唇を落とした。

 なるほど、自分はなかなかに救いようのない変態であるようだった。








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20140118