週末の日付が変わるころ、呼び鈴が三度鳴る。
 夜中に連絡もなしに押しかけるような知り合いの心当たりはいくつかあったが、しかし、突然の来訪者はオーバの予想していた誰でもなかった。家の鍵がなくなってしまったんです、と同僚は赤い顔で言った。香るアルコール。紅潮したゴヨウの顔を見て、オーバは内心驚いた。彼はゴヨウと飲んだことがないが、シロナ曰く彼は酒に強いらしかった。酒豪と名高い彼女に勝るらしい彼が酩酊している。そもそも自分の限界を知らない人間ではないだろうに。
(こいつ本当にゴヨウか……?)
 はあ、ゴヨウは熱っぽい嘆息を零して襟元を寛げる。普段の彼ならばそんなに粗暴に服を乱したりしない。相当酔っているのだろう。吐息もアルコールの匂いで満たされていた。 
「オーバ、すみません、ベッド借ります」
「え、ちょ、」
 ゴヨウが部屋を訪れたのは最初ではない、が、酔っ払いとは思えぬほどしっかりとした足取りでベッドに向かったゴヨウに、オーバは気が気ではない。数日ろくに干していないのに、とか、変なごみが落ちていないか、とか、やましいものは仕舞ってあるか、とか。
 積み上げてあるCDや雑誌の山を器用に避けながらベッドへ辿り着く。その隅へ腰掛けて、毒のない笑顔でオーバを見遣った。彼を見下ろせる機会なんて早々無い、と思いながら、視線に感じる熱をやり過ごした。オーバに何の下心が無いわけではない、が、彼はどうにか冷静であろうとした。
「俺はどうすりゃいいんですかね」
「いっしょに寝ますか? 空いてますよ」
 言いながら彼は上着を脱ぎ、床にそっと置いた。皺になるのを嫌ってのことだろうが、一瞬スラックスへ伸びかけた手の動きを見咎め、動揺が悟られないよう努めて言う。
「……お前、本気で言ってる?」
「わたしは、構わないんですよ、べつに……、オーバ」
 饒舌だったゴヨウの舌が段々拙くなってゆく。伴って頬の赤らみも色を濃くしている。据え膳喰わぬは、とかなんとか、頭をよぎる誘惑の言葉を必死に意識の外へ追い出した。オーバは知っている。ゴヨウが自分に絆されつつあることを。そしてアルコールに浸された言葉はどこまでも本心であることも。
「おい」
 気づけば密やかな呼吸のリズムが沈黙の合間に聞こえ始めた。
「……寝るなよ」
 ふたりを隔てる壁は思いの外屈強であった。今自分が一歩踏み出せば、彼の求めたとおりの結果になっていただろう。しかしオーバはそれを無意識に拒んでしまった。思い当たる節なんてどこにも見当たらない。
 彼、ゴヨウを前にしては矢鱈と段階を踏みたがる自分に気がつき、オーバはうろたえた。
(今更、なんで、子供みたいな真似してんだ、)
 一線を越えることを恐れている。気がつかないままに彼は延々、悶えた。








20090522