腹の中で何かが暴れている。形も質量も何もないそれだけれど、人ひとり苦しめるのには十分なエネルギーを持っていた。
 こんなものは私には要らない。子供なんてろくでもない生き物を作る予定もあてもないのに。何故女性だけにこの苦しみが与えられているのだろうか。産みの苦しみ、だからそんなものは私には要らないと何度も言っている。
 痛みが鋭さを増したような気がする。もう薬なんて効かない。熱を持ったままの血液がじわり、ナプキンへ吸収されていくのがわかる。気持ち悪い。この痛みがどうにかなるのなら、今すぐに下腹部を裂いても構わないのに。痛い、痛い、痛い。

 予兆はあったのだ。
 月に一度あるいは二度、私は駄目になる。断続的に流れ出てゆく鉄分の所為で眩暈は酷いし、下腹部の疼きの所為でろくに立つことも出来ないことがある。そうなれば本当に私は使い物にならない。今日だって挑戦者を待たなくてはいけないのに、これの所為で立つことも叶わない。同僚や来るかもしれない彼らには心底申し訳ないと思うけれど、それはまずこの痛みが落ち着いてからの話だった。

 薄い掛け布団に包まって全てをやり過ごす。痛みは誰とも共有されることもなくこの身を苛んでゆく。私はただいつ止むのか分からない鈍痛に心身を削られていた。ああ、苛苛する。
「大丈夫ですか」
 部屋のドアげ密かな音を立てて開く。見知った顔。ライムグリーンを頭に乗せて、肩には綺麗なアゲハントを乗せて、手には歪に剥かれた林檎を乗せて、彼は居た。勝手知ったる他人の家、彼はベッドサイドへ林檎を下ろして、何処からか椅子を引っ張ってきて座った。
 彼を呼んだ、わけではない。勝手に上がってきたのだ。合鍵を渡したのはやはり不正解だった、と少し楽になった腹を摩りながら思う。
「大丈夫なように見えますか?」
 我ながら棘のある声だ。密やかな蝶の鳴き声も今は私の不機嫌を加速させる。彼はそれを目敏く感じとって、ボールの中へ相棒を納めた。
「ごめんなさい、すごく辛そうだったから、元気出して貰いたかったんですけど」
「まあ、」
 貴方には分からないだろうに。
「ちなみにいつから?」
「ちょうど昨日から」
 彼は少し考え込んで、
「じゃあ当分できませんね」
 残念です、と笑みを浮かべた。
「……最低です」
 語尾こそ丁寧だけれど、搾り出した声音は可愛げのない重く低いものだった。
「したくないですか? 僕はしたいけど」
「黙れ」
 有りっ丈の苛苛を声に乗せる。彼の笑みは崩れない。この痛みが彼に伝わるのなら、少しは大人しくなるだろうか。
「ねえゴヨウさん」
 彼の冷えた指先が私の頬に触れる。子供をあやす様なやわらかい仕草で輪郭を辿って、彼の指と私の頬と、温度が共有される。
「下品なこと言ったら殴ります」
「照れちゃって可愛いなあ、顔真っ赤ですよ」
 ああ。器量は良いこの男にそんなことを言われて、何とも思わない女が居たら教えて欲しい。
「熱い」
 ひんやりとした綺麗な指が髪に隠れていた耳に触れる。いきなりの感覚に驚いてびくりと反応してしまった。くすりと笑む彼の声。
 苛苛は募る、
「どうしたら痛くなくなりますか?」
「生理がなくなればいいんです」
「どうすればいいんですか?」
 何といったものかと思案してすぐに止めた。
「……何を言わせたいんです」
「やっぱりするしかないってことですよね」
 何をだなんて聞けば彼は無粋だと笑うだろう。
「僕、一人目は女の子がいいな」
 彼の子供ならばきっと、だなんて一瞬でも考えた私は、間違いなく彼と同類項であるのだ。わかっている。
 この苛苛をどうしてくれよう、とりあえず迫るキスを全力で回避してやった。





200900323