部屋には鼻につくエナメルの匂いが漂っていた。
 彼女はコットンにリムーバーを(これもまた、黄緑)たっぷりと含ませ、指の先を無心にこすっている。
「落としちゃうんですか」
「ええ、塗り替えるんです」
 そうなのか。無感動を装う。
 真っ白であったコットンはすぐに黄緑に染まってしまった。
 一通り全てを拭ったあと、彼女気に入りのポーチから透明の小瓶を三本引っ張り出し、中身も透明なふたつのうちひとつをまた塗り始めた。
 爪を隠すのにどうしてそんな手間がかかるのだろう、ほんとうによくわからない。淡い爪先へ別の色を落とし始める。
 平坦を装ってページを捲りながら、なんとなく釈然としない私。きっとこの独特の匂いの所為だろう。
 真紅の上に再び透明を重ねる彼女の手つきは手馴れたものだった。
「でき、た!」
 今日は綺麗に塗れた、と、彼女は両手をパタパタと振り回す。そんなことをして早く乾くものでもないのに。
「綺麗でしょ、この色も」
 今度彼女の爪は真っ赤に染め上げられた。蛍光灯の光を照り返して艶めいている。
「そうですね、赤、私は好きですよ」
 少しだけ期待したのだ。私の爪先を舐める目線に気がついて彼女は白々しく言った。
「どうしました?」
「……、いえ」
「ゴヨウさんも爪、塗りません?」
「男がマニキュアなんて、」
「丁度あるんですよ、紫」
「貴女が塗ればいい」
 口調が強くなるのと同時、意図せず私は本を閉じた。ああ栞を挟み忘れたな。
「なにカリカリしてるの、あたしは赤ぬったばっかですから」
 彼女を彩る色彩の中に私の色があればなんて。
 口から出る言葉の裏で無意識は私に言う。
「赤嫌いですか?」
「いえ、……その赤は」
 紫じゃあないのか、と。
「なんのいろ、かなあと」
「何、って、…………ああ」
 彼女は幼子に向けるような慈しみの瞳で私を見た。しまった。後頭部を衝かれたような一瞬の空白。見透かされた、紫にしてほしいだなんていう、女々しい私を。そして私の欲求の片鱗を。
 彼女の赤が私の指先に触れた。
「ゴヨウさんのスーツの色、にしては、ちょっと赤いから」
 腕が私を捕まえたのは直後だった。私と彼女を隔てるものはじきになくなる。
「舌の色、とか」
 なんて、彼女は艶やかな口唇の隙間からマニキュアと揃いの赤色を覗かせ、
「ねえ、しませんか、キス」
 ビビットカラーより鮮やかな笑みで言った。






                

*****
*反転
俺得そのに、こころもちリバのつもり

リョウくんは♀でもスタンスは変わりません、積極的
ゴヨウさんはリードしようとしてずっこける感じ
20091004