昨日までの彼女の真っ黒の髪は、今日になっていきなり目に痛いライトグリーンに染まってしまっていた。
「あたしね、チョウチョとかそういうオーソドックスなのもスキなんですけど、一番はね、カブトムシとかコガネムシ、あとタマムシとかの、甲虫系なんです」
 だって綺麗でしょう? うっとりしたような声で言う。彼女は奇特な趣味を持っていた。きっと私と彼女の、きれい、の基準は相容れないものだろう。
 見える角度で恐ろしく深い色まで魅せることができるんです。私の嫌いな虫たちをこうまで褒め称えることの出来る彼女だ。
「だからあんな風になりたい」
 ショートヘアを華奢な指でくしゃりと弄るのは彼女の癖だった。その願望の途中形態が今の彼女の姿、らしいが、どうにも、わからない。私では虫を綺麗で完璧だなんて思う感覚を理解することができないように。
「どうしてそんな色に?」
「それは、ただ単にあたしのスキな色で」
 ああそうか。益々分からなくなる。
「でもねえ、迷ったんですよ」
「七色にしようとでも思ったんですか」
「違いますよ、」
 そうして彼女の右手が不意に私の左頬を掠めて、好き放題うねる髪をやわく掴んだ。
「本当はね、紫もいいなあって思ってたんですけど」
「……こんな色の虫なんているんですか」
 その手が気になって仕方がない。よく見るとその爪先も髪と同じ蛍光色で彩られている。
「このへんでは見たことないですね」
「ふうん」
 薄い反応(自覚はあるのだ)を咎めるように右手は眼鏡をさらっていった。
「眼鏡、返してくれますか」
 少しの不快感を主張したけれどどうにも伝わらない、あるいは無視されているんだろう。
「イヤです」
「……どうして」
 彼女の答えはちぐはぐだった。
「ゴヨウさんの目の色、と、お揃いにしたかったんですけどね」
 あたしには似合わなくて。
 顔がぐっと近くなる。そうさせたのは彼女だ。
「、なんでまた」
 内心とびあがりそうになるのをこらえる。コンタクトで彼女好みの色に染まった瞳は、私の全てを吸い込んでしまいそうだった。
「知ってますか? あたしゴヨウさんの色すっごいスキなんですよ、虫とは別枠で」
「……不思議と嬉しくありませんね」
「顔赤い。色白なんだから」
 私の髪を自分でするようにくしゃりと掻き分けて笑う。
「まあ、あたしは大好きですけど」






                          彼女曰く、

*****
*反転
みんな いいたいことは ひとつだとおもう
 誰 得
需要も供給もねえ、リョウの跡形もねえ
20090819