レプリカと迷子目の前に居るのは、彼女じゃない。レプリカだ。劣化品だ。失敗作だ。代替品ですらない。それなのに、顔かたちも声も、私が二十数年前に葬った彼女そのままだ。レプリカネビリムは、被験者と同じ柔和な微笑みを浮かべて、凶悪な言葉を紡ぐ。 「これで終わりね」 過呼吸になりながらも斬撃を繰り出していたルークの足元に巨大な緑の譜陣が顕れた。繰り出される上級譜術は避けようもなく、雷刀の直撃を受けたルークが倒れる。数多の 音素を食い尽くした彼女の術は、威力が半端ない。それこそ、七百名にも満たない一個中隊を壊滅させることなんて容易いだろう。 「さぁ、貴方で最後よ、ジェイド」 冷静に分析している暇はなかった。自分だって瀕死の重傷だ。もうボトルもグミも残っていない。回復役は二人とも力尽きた。前衛組も三人とも潰された。ミュウは白目を剥いて気を失っている。ディスト――サフィールは横でとっくに死んでいた。力加減の出来ない彼女の攻撃を真正面から受けたのだ。あれで死なない人間はいない。 残ったのは、彼女に残されたのはひとり。立っているのが精一杯なほどの深手を負わされた、自分だけだ。 「何を考えているの?」 < 「……、寄らないで下さい、貴女、はネビリム先生、じゃない」 「死に掛けの癖によく回る口ね。……昔から生意気な所は変わらないわね。ジェイド」 「知ったような口を、利くな!」 「まあ怖い」 怒鳴った反動で咳き込んだ。それを彼女は、からかう様な軽い口調で笑う。先生そっくりの笑い方だ。レプリカは所詮レプリカ、外見(そとみ)は同じでも中身は同じにはならない。レプリカに記憶は伝承されない。それなのに彼女の一挙一動は、あの人を彷彿とさせるのだ。 「お前は、…………私も殺すつもり、か?」 頭の中で警鐘が鳴り響く。定まらない視線は、まだ辛うじて彼女を捕らえている。 問いの答えを留めたまま、彼女は音もなく、ゆっくりと近寄ってくる。文字通り浮いたまま、私の眼前で止まった。顔を覗き込むその動作は、ゲルダ・ネビリムそのものだ。自分と同じ色の目が、私の目をずっと見ている。そしてその目は楽しそうに歪んだ。 「どうしようかしら。放っておけば確実に死んでしまうわね。酷い傷だもの」 「私はどうなろうと……ルークたちに、これ以上手を、上げるな」 「ルーク? ああ、この赤毛の子? ……どうしましょう、足りない音素をこの子達から貰うつもりだったのだけど」 彼女は、耳慣れない人名に眉を寄せた。自らが止めを刺した子供を冷たく一瞥して、にやり、とあからさまに笑う。 「此処にある音素と言ったら、そのくらいよ?」 「止め、ろ」 この女の言わんとしていることを理解した。ぎり、と歯軋り睨み上げれば、眼と同じ色の唇が薄く笑う。 「それじゃあ、ケテルブルクに帰ろうかしら。まだネフリーにもピオニーにも会ってないもの」 彼女の望む言葉を発するまで、誘導は続くだろう。死に損ないの私はこれからどうあっても死ぬ。それならば。 「止めろ……音素なら、私から奪えばいい、だから、」 「……よく言ってくれたわ。物分りがいい子は大好きよ」 額に唇が触れて、顎の線をなぞるように、しっとりと手が這った。唇も手も、死人のように冷たい。不意に全身の力が抜け、間抜けた面で死んでいるサフィールの隣に倒れた。 「ジェイド、大丈夫? ……サフィールはもう、死んでしまったのね」 私たちを見下ろす彼女は、今更になって悲しそうな顔をする。そして片手で私を、もう一方でサフィールを抱き起こした。 「っ……!」 こいつを殺したのはお前だと糾弾したい。けれど急に動かされた所為で奔った激痛に、それも叶わなかった。浮遊する彼女に抱き上げられた所為で、足元が覚束ない。 男二人を軽々と持ち上げた豪腕は、私とサフィールと、それぞれの背にゆっくり回される。何度も自分達を薙ぎ払った腕も、血色の目の光も、ひどく優しい。 此処で槍を出せば、彼女の身体を貫けるだろうか。彼女に気づかれないように、霧散した意識をかき集める。 「ジェイド、サフィール……会いたかった。……貴方達に捨てられて悲しかったのよ、寂しかったのよ」 子供じみた述懐が、耳を素通りしていく。どれだけ人を殺しても――サフィールを手にかけても笑っていたくせに、そんな言葉を吐かないで欲しい。泣きそうな声は、どうしてもあの人と重なってしまう。殺せない。葛藤の末、手に灯った音素は槍に成ることなく消える。 彼女と密着している箇所が次第に熱を帯び始めた。その熱はゆっくりと身体から剥がれていく。きっと数分もしないうちに、私たちの身体は音素ごと彼女に取り込まれるだろう。 「でももう、これからは違う」 先刻の弱々しい声はどこにもなかった。血色の唇が、弧を描いて歪む。 「…………私たち、一緒になりましょう?」 熱が全身を包んだ。 意識は深淵に沈む。 *** *反転 確実に同ネタ多数。気持ちネビジェ。 2006.09.27 |