ヤマがなくなったらオチもイミもなくなった





「一昨日は誰と寝たの」
 目があって一言目はそれだった。
 淡い光を放つ譜石――ホテルの調度品なのだからそんなに安いものでもない。本職の都合で一週間近くグランコクマに留まっているが、パーティーの皆が愚痴を零したりしないのはこのホテルのおかげでもあった。控えめな光は心地良い眠りを演出するには最適だ――で、ベッドの上の彼と突っ立っている自分の表情は互いに確認できるだろう。

「……なぁ」
「、なんですか」
 一拍の間。それをどう捉えたのか、ルークは苦味の混ざった笑顔で答えた。
「また、誰かと寝に行くの」
 七歳児は思いのほか博識でいらっしゃった。別に予想しなかったことでもないけれど。
「そういう質問は露骨にしないほうが、貴婦人方には喜ばれますよ」
「貴婦人なんてキャラじゃないくせに、どこ行ってんの」
「……貴方はいちいち人に確認をとらないといけないんですか?」
 まるで姑――ルークは男だから、小姑のほうが正しいだろうが――のような質問を繰り返す。まだ独り身の自分は本物を知らないが、こんな感じな存在なのだろうと漠然と思う。問いかけの答えは全部知っている癖に、逐一人に聞いて初めて認識する。きっとそれは彼の性格の所為だ。
「今日も陛下のとこか」
「そうだと思いますか」
「ああ。ぶっちゃけ、後つけてたから」
「知ってましたけどね」
「うわ、ずるっ。ジェイド、人のコトどうこう言えないくらいには性格アレだな」
「ええ、まぁ」
「“悲しいくらいに善良”、だったんじゃねえの?」
 そんな指摘は今更過ぎる。
「年寄りの戯言は気にしないほうが得ですよ。貴方のためにも」
「ちぇ」
 だから小姑の戯言も気にしないことにした。一昨日だけじゃなく、一昨昨日もその前もずっと下手糞な尾行していた癖によくそんな平気な顔をしていられるものだ。日に日に濃くなっていった彼の目元の隈を、私ははっきりと知っていた。

「それでは、陛下のところへ行って来ます」
「おっさんのボケは気にしないって決めたから、なんにも言わない」
「見た目は二十代ですけどね」
「……自称二十代のおっさんて。イイ歳なのに」
 日中は書類漬けで夜になれば不特定に床を点々とする、私の性癖を彼は知っている。湧き上がる羞恥心なんてものは一欠けらも無い。だけれどあんな醜い夜伽を大っぴらに肯定するのは、流石にはばかられた。
「心配してくださるんですか、有難いことですね」
 曖昧に濁せばルークは不快感を隠そうともせずに眉をひそめた。声のトーンが少しだけ落ちる。
「だから早く帰ってこいよ、って言ってるのに気づいてんの?」
「……、……ええ」
 ドアの取っ手に伸ばした手が一瞬止まる。あまりな物言いに脳が硬直しているんだろう、短くたどたどしい返事の最後は薄闇に霧散した。最後まで表情を崩さない私に飽きたのか、今度こそ無視を決め込んだルークは布団を被って背を向けた。
 手が取っ手を捕まえた。
「じゃあもう、今度こそなんも言わない。おやすみジェイド、いってらっしゃい」
「おやすみなさい」
 不貞腐れた演技をする子供を捨て置いてドアを引いた。戸の軋みと足音が聞こえなくなったなら、また追いかけてくるのだろう。










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*反転
 アバズレな35歳が大好きです。
 タイトルはもう、なんか、考えつかなかったので開き直りました。
2006.10.14