落日悲鳴は聞こえない。 怒声と破砕音とがぐちゃぐちゃに混ざり合って、それらを気に留めておくのも億劫になって、もう随分前に考えるのを止めていた。 鼻先の譜業がカタカタと震えていた。それに付着した赤色はレンズに隔てられた両目と同じ色合いだ。普段よりも色味を増したその眼は際限なく集める音素を持て余していた。いっそ特攻してみるのも有りだろう、とそれに目を遣ってから冗談交じりに考える。譜眼の暴走はどうあっても防げない事態なのだから。うっすら笑んで、いい加減うざったく震えている眼鏡を打ち捨てた。彼のよく知る譜業好きの使用人が居たならば、面白い事態になっていただろうなと笑う。それも今となっては無理な話ではあるけれど。 さて。 状況の確認は必要ない。彼の言動を咎めるべき人間はその空間には存在していなかった。謁見の間には彼一人。空の玉座を、彼は護っている。主(あるじ)はとっくに国外へ逃がした。そのときの彼の暴れっぷりといったらなかった。主と馴染みのある彼は、本当にこんな人を護って死ぬのかと思うと溜息すら溢れます、と嘯きもした。けれどユリアは彼に死ねと仰ったのだ。 クローズドスコアのその旨を知っている主は、これから世界がどう傾いて没落して消えていくのか全て分かっている。そして彼もそれを知っている上での、この策だ。 轟音が、そう遠くない場所で響いている。 きっとキムラスカは最高峰の兵力でもって、目の前の扉を打ち破るのだろう。憎き敵国の頭を射程範囲に収めたと思ったら出てきたのはとんだハズレ籤、だ。これは寸劇でしかない。 ただ多くの同志たちすらもその台本を知らずに、この場に皇帝が居ると思い込んでいる。敵軍を食い止め、ああ我が皇帝陛下をお助け申したのだと死んでいった哀れな先兵たちには僅かばかり、申し訳なく思った。 知らぬが仏、とはよく云ったものだ。 「……いけませんねえ、どうにも弱気になってしまう」 そこで初めて呟いた。彼にやたらと独り言を呟くようなきらいはない。 戦によってばら撒かれた音素が大気中を舞っている。眼はそれすらも貪欲に欲して制する術のない身体を蝕んだ。下手に制御の難しい術でも使えば、それこそ自爆する。ならばこの宮殿は倒壊を免れないだろう。彼は少し惜しく思った。主の寝床は一箇所でも多いほうがいい。 けれどまた、戦火を逃れたとして預言(スコア)から逃れることはできないのではないか、と彼は思う。この戦は我が国が疲弊し潰れるまで、あるいは主の首が無くなるまで続くものだ、何せユリアがそう記しているのだから。彼はさして熱狂的に仰いでいないが、今までに彼女の詠んだ未来が大まかに改変されたことは、ない。 ごく一部の例外であった子供たちは、彼らを責め苛もうとしている。 預言は覆されない。 崇高なる、親愛なる皇帝陛下。貴方は預言に違わず亡くなってしまうだろう。 らしくもなく感傷に浸る彼の脳裏を金糸と碧眼がよぎった。 「……ああ、どうにも、雑念が入ってきていけない」 どこの生娘だと、男は自嘲する。 *反転 東京事変の落日を意識してたのですが、なんて言ったら怒られそうなのでやめときます(……) 2007.01.01 |