あなた方は一年も人を待たせておいて、それなのに手紙の一つも寄越しませんのね。

「アッシュ」

 彼はクライマックスの少し前に力尽きた。そのおかげ(といってはとても滑稽だけれど)でルークは超振動を上回る武器を手に入れた。そしてその力でヴァンを倒した。ルークの中にはアッシュがいる、けれど一緒に戦った彼はルークだ。私はもう彼らを混同したりはしない。それでもどうしても彼の死を否定したかった。エルドラントに眠っているはずの彼の亡骸は、もう一人の彼と共に消えていた。もしかしたらあるいは。そんな妄想すら侘しさを掻き立てるだけ。

 一年という歳月は人を殺すのに十分な時間だった。 栄光の地が崩れおちて詠まれた未来が覆ってすべてに平和が訪れて、彼らが消えてから、 世界中のありとあらゆる場所に出向いた。 それらしい赤毛の青年が砂漠にいると聞けば捜索し、 緑の眼をしたへそ出しの男を見たと言われればどんな危険な場所でも血眼になって探した。 それでも、影も形も、髪の毛一本すら掴めない(二人であれだけあるのに、一本くらいいいじゃないか)。 二人が何処に行ったのかと大佐――少将(本人は不本意ながらも、昇進を受け入れたそうだ。 彼の実力と功績を考えると役不足もいいところだ。 いっそのこと大将にでも元帥にでもなってしまえばいいのにと思う) に聞いても、わからない、待つしかないと諭されるばかりで、どうにも情けなかった。 きっとこの男は、全てわかっている癖に何も言わないままこれからも過ごすだろう。不器用な歯痒さを伴った、これが彼なりの優しさだ。
 先日、ダアトへ公式訪問をしたとき、 導師と瓜二つの少年は一年足らずで導師としての責務を立派に果たしていた。 教団の庇い立てだった 預言 ( スコア ) が消えた今、導師フローリアンとして、その守護役アニスとして、 教団を根底から作り変えていくのだそうだ。 フローリアンとアニス、その肩に乗っかっているトクナガと、昔話を引っ張ってはきゃらきゃらと笑いあったけれど、 聡い子供の気遣いかアッシュのことに触れはしなかった。そうして別れ際にアニスは言ったのだ。

「恋人置いてどこほっつき歩いてるんだか知らないけど、待っててあげてね。絶対。そうじゃないとあいつ、迷子になっちゃいそうだから」


 そんなふうに奔走していたら瞬く間に一回りした季節は、確実に、じわじわと、彼を殺していった。



 バチカル城の裏手にあるスペースにはいくつもの墓がひっそりと佇んでいた。有名な将校や歴代の国王、中には昔に滅ぼした敵国の帝の名前が刻まれたものもある。
 墓石が二つ、私の前に立っていた。真新しい石の片方にはルーク・フォン・ファブレ、もう片方にもルーク・フォン・ファブレと刻まれている。おんなじ彫刻の施された一組の墓。考えるまでもなく、彼らの墓だ。収められるべき彼らの骨はどこにもないし、彼は生きて帰ってくると約束したのに。ルークの眠る場所はここではない。アッシュの眠る場所はエルドラントのどこかだ。本当に形だけの石はその質量とは裏腹にとてもからっぽだった。

「アッシュ、ルーク」

 もう私は彼をルークとは呼べない。彼はルークを捨て、新たにアッシュという名を名乗った。燃えかす、灰。彼にしてはとても自虐的なネーミングだけれど、それでも決心は強かっただろう。アッシュと成った彼をルークと呼んでしまった自分がいたということが、とても歯痒かった。

「――怖くありませんでした?」

 何が、とは言わない。それは言ってはいけない言葉だ。
 二人そろって勝手に生き急ぐところもあとで気付いて後悔するところもそっくりで、そっくりすぎて、あまりに滑稽だった。また勝手に居なくなってしまうのかといつもびくびくしていた。死にたくねぇよ、と泣き喚いた、あるいは叫んだその声が、いまでも耳を離れない。

「あなたたちのおかげで、今日のオールドラントは平和なものですわ。それもこれも、あなた方の行動があったからだと、私は思います。それは、私だってティアだってアニスだってガイだって大佐――少将だって頑張りましたわよ、それでも一番頑張ったのはあなたたちです。今、ルークやフローリアンの存在のおかげでレプリカを受け入れようとする人々が増えていますの。レプリカの居住区確保に大忙しだそうです。それと、マルクトとの関係は一層親密になりましてよ、時折ピオニー陛下が晩餐に招いてくださいます。そこでガイとも少将ともお会いしますの。ああそうですわ、ピオニー陛下のブウサギが増えたのをご存知ですか、名前は『ガイラルディア』――」

 そこでふと、我に返る。情けない自分に苦笑した。

「墓前に語りかけるなんて、あなた方が亡くなったと言っているようで嫌ですわね。今漸く気付きましたの。ごめんなさい」

 返事はない。当たり前に沈黙が訪れて、喉元まで引っ込んでいた言葉はその寂しさを紛らわすように溢れ出た。

「……アッシュかルークか、どちらかはまだわかりませんけれど、もうすぐ、キムラスカの王になりますのよ。成人の儀が終われば、立派な大人ですわ。私はあなた方より年上ですから一足先に成人しましたけれど、ちゃんと待っていますから、――」


 感動のフィナーレが導くのはハッピーエンド、その後はすてきなエピローグ。そのどこにもアッシュという名前は存在しない。最終決戦を前に息絶えた彼は役者から外されて、エンディングを目前に消えた英雄の影は時間に流され消えてゆく。これはそういう物語だと知っている。それでも、僅かでも希望があるならばそれにすがりたい。ヴァンのようにローレライを味方に深手を癒し、深淵から這い上がってくるかもしれない。あるいはもう回復して、この世界を彷徨っているのかもしれない。明日には素知らぬ顔の二人が――あるいは、どちらかが――ひょっこりと現れるかもしれない。
 少将ですら、彼らがどうなるかわからないというけれど、信じることで彼らの生存が確立されるならばいくらでも信じよう。約束は守られると信じよう。どんなか細い藁にでも縋ってみせよう、私だって伊達に世界を救ったわけじゃない。

「だから、早く帰ってきなさい」

 ――本当は、手紙なんていいんです。回りくどいことなど一切せず、ただ帰ってきてくださればいいんです。

 十三月の風は寂しい。
 アッシュはもう死んだ。ルークはまだ帰らない。それでも私はふたり分の幻影を探している。
 墓石に向かってそんなことを唱えても彼らには届かないと分かっていて、それでも彼らの影はどこにも落ちていない。弱気になっている。だからこんな墓参りじみた真似をどうか許して欲しい。
 死者に手向けるそれとは違う意味で、願掛けをするように、あるいは謝るように、私は手を合わせた。








      あなたをおもって うたう うた



*反転
 ルークも心配なんだけどアッシュのほうがもっと心配でアッシュをひいきしないように振舞って、二人のことで凹んでいないように振舞って、なんか疲れちゃったナタリア姫。
2006.09.27 20091004一文弄りました