大佐が少将に昇進してからまもなく、ピオニー陛下が婚約したとの吉報が、世界中を飛び回った。四十間近の陛下がひっ捕まえたのは同じく四十間近の、しかも男でした、というオチがついて。世継ぎとかはどうするんだろうねなんて世間話のネタにされたりしつつ、世界中に祝福されてのご結婚だけれど。
 別に、性別に文句があるわけじゃない。自分よりふたまわり近く上のおっさんに先を越されてしまった(しかもお相手はあのピオニー陛下なのだから、文句なしだ)のは、悔しいと思わないわけじゃない。だけれど一番複雑なのは、その渦中の人が今目の前に居るということで。
 婚姻の手続きだとかなんだとかでダアトへ寄る必要があったらしいと言うけれど、きっとこのおっさんは色々と計っている。なんてタチの悪い大人に捕まっちゃったんだろう。少しだけ悔やみながら温かい紅茶を飲み干した。
「大……少将、玉の輿おめでとうございまーす」
「どうも。玉の輿なんだか逆なんだかよくわかりませんけどね」
「ず・ば・り、秘訣をアニスちゃんの今後の為に伝授しちゃってくださーい」
「ふむ。知性と計算高さでしょうか」
「そこ自分で言っちゃいます? 容姿だって関係ありますよぉ」
「そのあたりはどうにでもなりますよ、貴族の嗜好は様々ですから」
「でもぉ、綺麗な方が絶対お得じゃないですかぁ」
「余程醜いならばそれを誤魔化す術さえあればいいんですよ」
「じゃぁ少将は、話術で乗り切っちゃった派ですか? 普通男同士なんてありませんもんねぇー」
「まさか。言い訳をするほど醜くはないとは自負していますが」
「……アニスちゃん凹みますぅ」
「いえいえ、貴方は十分に聡明ですから、相手を見つけるのも簡単だと思いますよ」
「綺麗とは言ってくれないんですねー。ぶー」
「ふたまわりも年下になるとそういう対象ではなくなりますからねぇ」
「はうあー……。なーんか生き生きしてますね、少将。心なしかお肌のツヤがいいですしー」
「そうですか? これといって手は入れてませんが」
「あと、なんか棘がちょみっとだけ、減りました。……性悪根性は矯正されてませんけど」
「年寄りの生き甲斐ですから、そのあたりはご愛嬌ですよ。アニス」
「陛下のご趣味を疑いますよお」
「間接的に他人の妹をけなさないように」
「とゆうか、なんでネフリーさんじゃなくて少将なんでしょう。人妻だから?」
「……さぁ、どうでしょうね」
「ホント、お金持ちの人ってワケわかんないです」


 言葉の端は拾われなかった。少将は、長らく放置されていた紅茶にテーブルの端から引き寄せた砂糖をよっつ、躊躇いもなくほうって、かちゃかちゃとスプーンでかき回している。あたしはとっくに空にしてしまったカップと、一方の、砂糖が溶けきれていないカップを交互に見遣った。角砂糖よっつはちょっと、無理ですよ。溶けませんてば。
「ああ、そういえば」
「……お惚気は嫌ですよぉ」
「この度のことに伴って、というのも可笑しいのですが、軍を退役したんですよ」
「へ?」
「そういう訳ですので、今後はジェイドとお呼び下さい」
「えええ!?」
 あたしの驚きようなんて全く気にしないで、砂糖が残っている冷めた紅茶を一気に、ぐいと飲み干した。ざりっと音がしたのには突っ込まない。この人は甘党だから。
「大、じゃなくて、少将、でもなくて、……ジェイド」
「……はい、なんでしょう?」
 軽く混乱したら笑われた。前のうそ臭い(そう見せているとは思うけれど)営業スマイルと違う、随分とまるい笑い方。もうこの人も四十なのに、そんな風に笑うとまた随分若く見える。ああもう、どこまで若作りなら気が済むんですか。と、口に出しては言わないけれど、視線で分かるんだろう、またやわく笑った。幸せそうに、というより、幸せですと言わんばかりのそれ。
 ああもう、なんか、こんなのジェイドじゃない。そういう控えめな主張は女性の特権だっていうのに四十路のおじさまがそう濫用していいものでもないのに。とゆうか、現役オンナノコのカンを舐めてかかったら痛いメ見ます。
「ぶっちゃけ、恋なんてしちゃってるんですね? だからそんな綺麗なんですよね? とゆうかそうじゃないなら一発殴らせてください!」
 言いながらテーブルに身を乗り出す。中年に見えなくもない男性に突っかかる少女、みたいな図に見えたんだろう、周りの人の視線が少し痛かった。ここはダアトのしがないカフェでしかないのに。
「行儀が悪いですよ、アニス」
 さて、反論はなし。つまりイエスということで。そういうことで。
 お肌がうるツヤ三割増(推測)なのもテンション高いのも性格がほんのちょっとまるくなっちゃったのも、挙句退役なんてしちゃったのも、みんな陛下の所為なんですね。
 ホントに何処のオンナノコですか。


 ジェイドは暇そうにテーブルの間を彷徨っていたウエイトレスを捕まえて、紅茶のおかわりをふたり分頼んで、テーブルの上で組んでいた手をゆったりと組み直した。おかわりはタダだから文句はないけれど。けれど。
 きっと壮絶なお惚気を聞かされる。ジェイドを包む大気がピンクに染まっていくのをあたしは見た。あたしも全身で嫌ですオーラを発してみるけれど、文字通り無意味らしい。ピンク色が一層濃くなったような幻覚を視た。
 紅茶一杯じゃ絶対間が持たないだろうという仮定も、もう少しで現実になってしまう。
 ジェイドはまだ笑顔を崩さない。お待たせしました、と空っぽのカップが引っ込んで、次に返って来たときにはまた、湯気を立てた紅茶が惜しげもなく注がれていた。
 カップを手元に寄せる。まだ口はつけない。



 結局解放されたのは、四杯目のおかわりが空っぽになって(ついでに角砂糖のビンも空っぽになって)、あたしの頭の中がそんな映像でいっぱいになった頃。








ご結婚おめでとうございます。



*反転
 ジェイドお誕生日おめでとうということで幸せにしてみました(コレでお祝いSSにしちゃおうだなんてまさかそんな
 ジェイドは恋をするとすぐ主張しちゃう人間だと非常に嬉しいなと勝手に思っています。当サイトのジェイドはアバズレか乙女です(二者択一
2006.11.22 はっぴーばーすでー とぅー じぇいどー